補聴器を装用している人は「障がい者」という事に関する個人的意見


とても良い内容がありましたので、共有。リンク:【補聴器を買う勇気?】私、軽度難聴です。補聴器持ってます。

こちらの内容を要約しますと「補聴器は便利なもの」というお話しです。ひじょ〜に的を得た内容で、私自身も補聴器を装用している人間なのでわかる事もあれば忘れている事もありました。個人的には、非常に勉強になる内容でした。恐らく、この内容は、補聴器を装用している人、そうでない方で受け止め方が変化すると思います。

さて本題。この中に「補聴器を装用している人は障害者」というような内容がありましたので、ちょっとそこに関する意見(自分の考え)に関してのせてみます。個人的な意見としては、「ただ聞こえにくい人が使う道具として補聴器があるだけで、あまりそのような事を考えた事がない」となります。

補聴器を装用する人は障害者?

この方の内容で一番考えたのは「補聴器は障害者がつけるもの」という点です。この方がおっしゃったのではなく、この方の周囲の方がおっしゃった事です。この点に関して私は「ただ聞こえにくい人が使う道具が補聴器」という風に考えています。障害者が使うというのは特に意識した事がありませんでした。

これは、お店に来るお客様に関しても同様です。このような商売をしていると様々な方に合うのですが、大抵は至って普通です。世間のいう可哀想な障害者というのとは、別になります。もちろん日々の日常では、聞こえにくい事によって困る事はありますので、一般的な人よりも、少々悩みを抱えやすいという点はあります。

きこえる人の世界であればどうしてもこのようなイメージがあるんだろうな……というのは感じています。私自身は、補聴器を小さい頃からつけている人間ですが、自分が聞こえにくい人間である事は意識しても、障害者として意識した事がありません。補聴器に関しては、この方の言う通り「補聴器は便利なもの」ただそれだけでした。

物事はシンプルに考える

個人的に思うのは、このように区別するからよくわからなくなるのではないか、と思っています。障害者としてみるのではなく、一人の人として見る。ただそれだけです。身近な例ですと男でも女でも、別に一人の人としてみれば何も問題ないのではないでしょうか。ただそれだけのように思います。変に障害者だから、男だから、女だから、というようなボーダーをつけるから変な先入観に囚われてしまいます。

補聴器を装用するのも、単に聞こえにくいからであり、障害者だからつけるわけではありません。そして補聴器を装用するだけで障害者だったら、メガネをかけただけで視覚障害者になります。それはないですよね、基本的に。

補聴器だってメガネだってただ単にそれが必要な人の生活を豊かにするための道具であり、この方の言う通り「便利なもの」でしかありません。

聞こえにくい人が使う道具が補聴器

私の意見は変わらず、ただ単に聞こえにくい人が使う道具として補聴器があるだけです。それ以上でもそれ以下でもありません。ご年配者のためだけにあるわけでもなく、障害者のためだけにあるわけでもなく、単に聞こえにくい人のためにあります。ですので、補聴器を装用するからといって特別何か感じる必要はありませんし、別に気にする必要もありません。

周囲の人の環境により、これらは大きく変わりますが、補聴器は単に聞こえにくい人が使う道具です。このように考えれば少しは楽になるのではないでしょうか。なかなか踏み出せない方にとって、少しでも良い生活が送りやすくなれば幸いです。

 

この内容をご覧になった方は、こちらの内容もお勧めです。

リンク:生まれつき難聴の私が自分の聞こえにくさを可視化してみた

リンク:補聴器を使っている人間だからこそわかる補聴器の実際

リンク:補聴器から聞こえるノイズや仕様による音を理解しておこう

リンク:補聴器にまつわる両耳、片耳に関する変な考えに喝!してみる